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【特集】利根商改革の軌跡(1)ー危機感

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【特集】利根商改革の軌跡(1)ー危機感

高校入試

みんなの学校新聞編集局 
投稿日:2017.09.11 
tags:利根商, 利根商業, 学校組合立, 利根商 入試, 利根商 募集

「北毛の雄」利根商業は新たなステージ学校を進化させようと改革を進めている。

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 9月9日(土)。みなかみ町は県南部に比べると幾分涼しさを感じたが、周りの山々はまだ青葉が眩しく、9月といっても夏の気配が漂う蒸し暑い一日だった。

 土曜日ということもあり、利根商業の校舎は閑散としていた。それでも、部活で登校した何人かの生徒とすれ違う。すれ違うと必ず立ち止まって、気持ちいい挨拶をしてくれる。運動部だからというのもあるかもしれないが、経験上、学校を取材していて素通りされることも少なくない。生徒のはきはきした挨拶はその学校の雰囲気を象徴している。

 「学校を改革するっていうのは生徒がただ集まればいいって問題ではないんです。地元から愛されない学校だったら、たとえば甲子園に出たとしても地元から応援されない。こういう小さなところが大切なんです」。濱野雅樹校長はこう力説する。


 象徴的なエピソードがある。野球部の生徒が地元のお年寄りに腰を折って挨拶してくれた。雪の日に利根商の生徒が雪かきしてくれたおかげで、地域の人が安心して移動できた。感謝の言葉が学校に寄せられる。

 同校は教育方針に「全生活におよぶ教育」「地域に根ざした教育」を掲げる。学校生活のみならず、通学途中、家庭生活などそのすべてを学びの場ととらえ、地域の発展に貢献できる人材を育成する。記者がすれ違った生徒はほんの数人ではあるが、この教育方針は同校の生徒にしっかり浸透しているように感じた。

 


 利根沼田学校組合立利根商業高校(みなかみ町)はこの地域の住民の切なる願いにより昭和33年に誕生し、来年度には創立60周年を迎える伝統校だ。そして、この節目の年に、利根商業は新たなステージに向けて舵を切り始めた。この連載では同校の改革にスポットライトを当て、利根商のいまを報告する。

 

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【写真】利根商の校舎

 

 学校組合立という形態
 利根商業を語る上で外せないのが「学校組合立」という形態だ。人口が少ないなどの事情で地域に学校を作ってもらえない地方自治体が複数の市町村と協力しあい作ったのが「組合立」だ。その意味では「公立」の学校である。濱野校長によれば、かつて日本には「学校組合立」の学校はたくさんあったそうだ。それが現在は府立、県立に移管され、現状では全国に「組合立」の形態を持つ学校は利根商を含め、3校しかない。
 公立高校なので、入学試験は県教委の制度で実施されている。もちろん、同校で働く教員も県に採用された先生だ。公立高校間の異動もある。
 では、県立と組合立の大きな違いは何か。それは組合立の教育委員会があり、そこが利根商を所管している点である。「このことの意味は非常に大きいですね」と濱野校長は話す。「指導プログラムなどもフットワーク良く決めることができますし、弾力的な財政的運用も可能です。スピード感ある学校経営ができるんです」。
 たとえば、県立高校が何か独自の取り組みをしようとした場合、県教委に要望を出し、決定されるまでに時間がかかる。他の高校とのバランスで学校側の思惑通りにいかないこともある。

 その意味では、「私学」的な顔も併せ持っているといえる。後述するが、同校は体育館が2つあり、屋内練習場やトレーニングジム、温水プールなども整備されている。また遠方からの生徒のための寮も完備されている。充実した設備は「組合立」だからこそ実現できた面もある。同校のホームページも私立高校顔負けのデザインだ。

利根商HP

 


 かつて県立高校の移管も議論されてきた時期もあった。しかし3年前、同校は県立移管要望を取り下げ、組合立としての特色を生かした学校経営の道を選択した。そして、そこから、同校の「利根商改革」はスタートした。


 深刻な人口減少が生み出した現実
 利根商は昭和48年には生徒が1,200名超在籍していた。当時1学年・9クラスの大規模校だった。群馬の公立高校で9クラスを実現した学校は都市部の前橋高校・高崎高校などのごく一握りの学校のみだ。しかも山間部に位置する学校でということを加味すれば、この数字のすごさが実感できるはずだ。しかし、その後の利根商の現実は年を追うごとに深刻さを増していった。平成28年時点での同校の生徒数は444名。クラス数はピーク時の半分以下の4クラスに縮小した。
 利根沼田地区の深刻な人口減少はさらに進行している。現在の18歳人口が約850名。3歳児人口は約500名で下降傾向には歯止めがかからない。
 その影響もあり、利根商は入試で10年以上定員割れを余儀なくされた。
 県教委の規定で、後期入試が終わった段階で5名以上の定員の欠員がある高校は、その学校の意思にかかわらず、再募集をしなければならないことになっている。
 利根商もその規定にのっとり、再募集を繰り返してきた。それでも定員が埋まらなければ、クラス減の措置がとられる。この負のスパイラルの中で、「最終的に進学先が決まらなければ利根商があるじゃないか」という雰囲気がこの地域の中に醸成されてしまった。
 ある中学校の関係者がもらした言葉はその状況を如実に物語る。「利根商が定員割れしていると正直ほっとしますよ」。

この言葉は「利根商は勉強しなくても入れる学校」だという地域の認識を象徴していたともいえる。
 「この悔しい現状を何とかしなければいけない」。定員割れの状況が同校の「改革」を後押しした。とにかく生徒が集まる学校にしなければいけない。同校関係者は危機感を募らせた。
「利根商が入れない学校になれば、しっかり勉強しなければいけないという空気を作れるし、結果的に利根沼田地区の教育水準の向上にも寄与することになると思うんです」。濱野校長は熱弁する。

 そのためには、学校に生徒が集まる流れを作らなくてはいけない。
 しかし、生徒の集まる学校にするためにはもう一つ大きな壁が立ちはだかっていた。(つづく)

(編集部=峯岸武司)

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