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【私小説】Nの青春<第7章> その3

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【私小説】Nの青春<第7章> その3

文化

みんなの学校新聞編集局 
投稿日:2024.02.07 
tags:桐生進学教室, N君の青春

第7章

まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき  

               ~ 島崎 藤村 ~

その2を読む)

 小学校の高学年でのこの“避暑地”での思い出はNに「弟が出来た」ことだ。HくんといってNよりも三つ年下の男の子だ。この子の母親とNの祖母とがたまたま同じ名前で、しかもHくんとNの名前も漢字の一字が同じだった。そしてHくんはNと同じように穏やかな少年で、母親の方もNの祖母のように強くて優しい心の持ち主だった。

 小学四年生の夏に知り合い、そして小学五年生の夏と小学六年生の夏はお互いに日程を合わせて同じ期間で同じ旅館に宿泊した。HくんとNは夏の短い間だけだったがその短い時間をいつも一緒に過していた。年齢の差はほとんど気にすることはなく、むしろ同じような感性や同じくらいの好奇心をお互いに好ましく感じていた。そしてHくんはとても賢い子でもあった。Nが知っていることを教えると何でもすぐに吸収してくれたし、Nに何でも訊いてくれた。

 

 Nが中学1年生になった夏にはHくんは「姉」を連れてきた。HくんやHくんの母親から話を聞いて、姉のハルちゃん(仮)はNやNの祖母にとても興味を持ったらしいのだ。このハルちゃんはNとは同学年の中学1年生だったのだが、Nよりもずっと年上に見えた。心も、体も。たぶんNのことをHくんと同じように「弟」のように思っていたのかもしれない。だから「三人で一緒にお風呂に入ろう」とハルちゃんが言い出した時には、Nは頭の中身が真っ白になった。

 当時の日向見温泉はまだ「大浴場」は“混浴”が許されていた。「家族風呂」や「御婦人専用風呂」もあったのだがどちらも湯舟や浴室が大きくはなく、ほとんどの湯治客や宿泊客は「大浴場」を選んで入っていた。小学六年生までのNはそんなことは全く意識すらせずに祖母ともHくんの母親とも一緒に大浴場の湯船に平気で浸かっていたのだ。

 ハルちゃんは弟思いの、そして母親思いのとても良い子だった。性格もただ優しいだけではなく芯のしっかりとした強さも持っているように見えた。誰がどう見ても「実の母娘」としか見えなかったのだが、この母は父親と再婚した“継母”でHくんとは異母姉弟(父親は同じ)の間柄ということであった。もっとも、これは後になって祖母から聞いた話で、Nはこの後の急な発熱により父親の迎えでK市の家まで強制送還されたため「一緒にお風呂に入る」ことはせずに済んだのだった。この日以降、日向見温泉へは祖母が一人で出かけるだけでNが一緒に行くことは無くなった。

 

 「弟」のHくんは、Nが大学1年生の時に、友人たちと川遊びをしている最中に川の深みにはまった友人を助ける代わりに溺死してしまった。高校2年生の夏休みのことだった。その川はハルちゃんの実の母親が入水自殺をした同じ川だったそうだ。残されたHくんの母と姉と父は…と、祖母が涙ながらにNに語った。祖母の父親つまりNの曽祖父も家族を残して入水自殺で命を絶った人だ。だから祖母は、もしかしたら自分と同じような境遇だったハルちゃんをNに引き合わせてそして運命がうまくかみ合えば孫であるNにハルちゃんを守ってもらおうとしていたのではないだろうか、その可能性もゼロではない気がする。

 実はユキちゃんのおばあちゃんもそのずっと後のことだが自ら命を絶ったと、祖母から聞かされた。

 

 このようにNの「初恋」は“甘酸っぱい思い出”とは程遠く、むしろ無縁と言ってもよく、自分ではどうにもならない(どうすることもできなかった)様々な“ネガティブな感情”や“心が痛くなる出来事”と複雑にリンクしているのだ。

                      (この章 おわり)

筆者が受験指導等で多忙のため、続く<第8章><第9章><第10最終章>の掲載は4月の新学期が始まって以降になります。

 

プロフィール

丹羽塾長

<現職>

桐生進学教室 塾長

 

<経歴>

群馬県立桐生高等学校 卒業

早稲田大学第一文学部 卒業

全国フランチャイズ学習塾 講師

都内家庭教師派遣センター 講師

首都圏個人経営総合学習塾 講師

首都圏個人経営総合学習塾 主任

首都圏大手進学塾    学年主任

都内個人経営総合学習塾 専任講師

 

 

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