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【私小説】Nの青春<第7章> その1

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【私小説】Nの青春<第7章> その1

文化

みんなの学校新聞編集局 
投稿日:2024.01.25 
tags:桐生進学教室, N君の青春

第7章

まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき  

               ~ 島崎 藤村 ~

 Nの「初恋」はいったい何時(いつ)のことだろうか。

   女子たちにとっては付き合っているカレと会えるその日その日がいつも初恋で、だから元カレと別れて新しいカレと出会った時などはそれこそ古い記憶はすべて消え去って新たな「初恋」が始まるのだそうだ。

 Nは女子ではないが、初恋がいつのことなのか、いくつあったのか無かったのか、記憶が曖昧だ。だからとりあえずここでは「特定の女の子に対してNの心が動いた記憶」ということにしておこう。

 

 Nはもともと体が弱かったせいもあるのか、あるいは感受性が強かったからなのか、「やんちゃな男子」と遊ぶのが大の苦手だった。だから女の子とおとなしく家の中で絵を描いたり、トランプ遊びやボードゲームをしたりするのが好きだった。ただ「ままごと遊び」は苦手だった。お父さん役や男の子役をやらされるのがオチで、どうやって演じてよいのか全く分からなかったからだ。

 

 Nの一番古い記憶はたぶん幼稚園の「年長さん」くらいの時のもので、その女の子は名前も顔もその時の状況も“確かな記憶”は何一つ残ってはいない。曖昧な“周辺記憶”とでも言おうか、たぶん近所の「やんちゃな男の子」たちから逃れるようにして、たぶん近所の家のガレージに停めてあった「オート三輪」の荷台の上のシートの中で、その女の子と身を寄せ合いながらヒソヒソと仲良く何かを話しているという記憶だ。

 明確な記憶はその後に父親から言われた言葉とそれに対するNの強い思いだけだ。

「お前、○ちゃんと二人だけで車の中でイチャイチャしてたんだってな。もうお前も大きくなったんだから女の子と二人だけでいるのは止めにしな。近所で変なウワサが立つからな。いいな、わかったな」

 

<ボクはナニかイケナイコトをしたんだ、だからシカラレテいるんだ>

<いったいナニがイケナイコトだったんだろう>

<○ちゃんはイイ子だしボクたちナニもワルイコトなんかしていないのに>

 

『男女七歳にして席を同じうせず』(by孔子)

 

 Nが「ジェンダー」という概念を初めて持った(持たされた・持たせられた)出来事でもあった。

 次の記憶はハッキリとしている。小学一年生の夏休み、湯治で滞在していた群馬の四万温泉のさらに奥にある日向見温泉の、「日向見荘別館」の二階の「ゲームコーナー」での出来事だ。

 当時のNの「お小遣い」は1日10円だった。現在の価値に換算すると50円以上100円未満といったところだろう。この10円で「ガ○ガ○君」のような氷菓を普通に買うことができた。当たり付きのラクトアイス「ホームランバー」は1本10円、氷菓の「パインアイス」は1個5円だった。むろん消費税は無かった。

 そして温泉地のゲームコーナーに設置されている遊具やゲーム機のほとんどが1回10円で、Nは一週間の滞在期間中の特別ボーナスとして300円を祖母からもらっていたとはいえ実際は七泊八日なので1日あたり4回までしか遊べない計算だった。

 このゲームコーナーで、何で遊ぼうかとNが迷っているとちょっと離れた所から声が聞こえてきた。

 

「誰か代わりに乗ってくれる子はいませんか。ウチの子は怖がって降りちゃったので、まだまだ乗れますよ」

 若いママと愚図っている幼い子がNの目に飛び込んできた。「オバQ」の乗り物だった。ただ跨って乗っているだけの遊具で、ゆっくりと前後と上下に動くタイプのものだ。

 Nの周りにも何人かの子どもがいたのでNはすかさず「ボクが乗る!」と言いながらオバQに向かって駆け出した。だが履き慣れていないスリッパで猛ダッシュをしたものだからオバQにたどり着く寸前で足が絡まって、そのままオバQの「台座」に頭から突っ込んでしまった。額(おでこ)が切れて出血した。

 惨めだった。

 皆から見られていた。

 同じくらいの年齢の子どもたちから、その保護者たちから、椅子でくつろいでいるお年寄りたちから、ゲームコーナーの係員から、そしてオバQを譲ってくれたママとその子どもからも。

 この時、Nが泣きじゃくっていたのは痛みのせいだけではなく自分の取った行動の惨めさと自分の心の中にあった浅ましさのせいだった。少なくとも自分の直ぐ傍にあるオバQが10円分の残りの動きを止めるまでは声を大にして泣き続けた。

 おでこの出血は係員がすぐに「オロナイン軟膏」と「バンソウコウ」で処置をしてくれたのでそれ以上の大事には至らなかった。

 ゲームコーナーにいた誰もがまた平静を取り戻したとき、新たな事件が起こった。<幼女行方不明事件>だ。

 この年はNとNの祖母だけでなく、祖母と同年代で祖母とは仲良しの“おばあちゃん”とその孫も一緒に温泉に来ていた。祖母が誘ったのだ。行方不明になったのはその“孫”で名前は「ユキちゃん(仮)」だった。                          (つづく)

 

プロフィール

丹羽塾長

<現職>

桐生進学教室 塾長

 

<経歴>

群馬県立桐生高等学校 卒業

早稲田大学第一文学部 卒業

全国フランチャイズ学習塾 講師

都内家庭教師派遣センター 講師

首都圏個人経営総合学習塾 講師

首都圏個人経営総合学習塾 主任

首都圏大手進学塾    学年主任

都内個人経営総合学習塾 専任講師

 

 

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