【私小説】Nの青春<第6章> その2
第5章
ホントのことを言ったら オリコウになれない。
ホントのことを言ったら あまりにも悲しい。
~ いまいずみあきら 唄:新谷のり子 ~
(その1を読む)
Nの免許の取得は遅いほうで、高3の夏だった。それは当時の「3無い運動」を支持し、守っていたからではない。道路交通法の改定でバイクには排気量400ccまでの「限定」が付いてしまい、16歳で免許を取っても誕生月の遅いNにとっては当時の高校生のあこがれだった「ナナハン」(排気量750ccの大型バイク)に乗れる可能性が無くなってしまっていたからだった。
誕生月の早い同級生たちは「今の内に取っておいたほうが得だから」という理由でバイクに乗る予定も無いくせに免許を取る者が大勢いた。「これでハーレーにも乗れるんだぜ。」と取得したばかりの免許証を年度の後半月生まれのNたちに自慢げに見せびらかす者もいた。
教習所に通い始めて数日後、Nは所長から直々に呼び出された。
何かの書類を見ながらその所長がNに尋ねた。
「きみがN君だね。ああ、K高に通っているんだね。優秀なんだね。いや、きみは見るからに好青年だし、きっと何かの間違いなんだろうね。いちおう規定でね、こういう場合は所長が面接をしなければならないことになっているんだよ。いやいやご苦労様。ありがとうね。」
一人で一方的に話しをして、そしてほんの数分で「面接」は終わった。
でも、Nは呼び出された理由をはっきりと認識していた。それは入所間もない時に受けた『適性試験』の答え方だった。
<<前を走る車が思いのほか遅いとイライラしてしまう>> → Yes
<<安全が確認できれば法定速度を超えても良いと思う>> → Yes
<<急に道路に飛び出して来た子どもの方も悪いと思う>> → Yes
確かこんな内容のモノだったが、Nは自分の心に素直に答えただけだった。もし質問事項がこのようなモノであれば、やはり素直に< No >と答えたはずだ。
<<前に走っている車があまりに遅いときはあおり運転をする>>
<<どんな道路でも速度標識は無視して自分の速度で走る>>
<<横断歩道で子どもが手を挙げていても無視して走り去る>>
バイクや車の運転は運転者の持っている「モラル」やその時々の「感情」の問題ではなく、どのように振舞うかという『行動』の方が問題になる。たとえ「遅せぇんだよ、テメエはよぉ~!」と一瞬感情が高ぶったところで「感情」を『理性』で封じ込めて、前の車に合わせてゆっくり走っていれば基本的には交通事故は起こらない。
「みんなウソつきだな。ウソつきが車の運転をする方が絶対良くないのにな。あ、だからこの世から交通事故が無くならないんだ。」
「所長もいい加減な仕事をしているよな。でも無理もないか、見るからに無能な顔をしていたしな。いや、だから所長にまで出世できたんだろうな。」
この教習所では実技教官の発言もNにとっては非常に興味深いものであった。
「え、お前、バイクに乗ったこともないのか?」
「はい。免許を持っていなかったので。」
「へえ~、マジメなんだね。ホントに一度も無いの?」
この教官によれば免許を取る前にバイクに乗れるようになっているのが“フツウ”らしい。この後バイクの扱い方を1からNに教えてくれたのだが、いかにも面倒くさそうな感情が顔と態度にありありと出ていた。
学校という狭い範囲の人間関係だけでなく、やはり狭い行動半径の範囲内とはいえ学校外の人々との関わりの中で少しずつ「世の中」のことが分かり始めたNであった。
(つづく)
プロフィール
丹羽塾長
<現職>
桐生進学教室 塾長
<経歴>
群馬県立桐生高等学校 卒業
早稲田大学第一文学部 卒業
全国フランチャイズ学習塾 講師
都内家庭教師派遣センター 講師
首都圏個人経営総合学習塾 講師
首都圏個人経営総合学習塾 主任
首都圏大手進学塾 学年主任
都内個人経営総合学習塾 専任講師