ホーム

»

学校ニュース

»

「笑顔満開」の見出しに物申す 新聞がみつめなくてはならないこと

学校ニュース

一覧はこちら

「笑顔満開」の見出しに物申す 新聞がみつめなくてはならないこと

オピニオン

みんなの学校新聞編集局 
投稿日:2026.03.06 
tags:合格発表, 新聞 見出し, 群馬県教育委員会

写真はイメージです(出典:写真AC)

写真を拡大

 県立高校入試の日程表で、群馬県教育委員会は今年度から「合格者発表」という表現を「選抜結果の発表」に改めた。
正式な説明があったわけではないが、不合格となる生徒への配慮ではないかと推測している。

 言葉への過度な配慮が、時に世間をざわつかせることもある。しかし今回の変更については、受検した生徒への気遣いが感じられ、私は好意的に受け止めた。もちろん「合格」「不合格」という言葉がなくなるとは思わないし、なくす必要もない。ただ、実施主体が「選抜結果」という表現を用いることで、入試は人生のゴールではなく、あくまで通過点の一つだというメッセージが込められているようにも感じる。

 

 塾講師として30年近く、子どもたちの発表の場面に立ち会ってきた。不合格を突き付けられた子の気持ちは、痛いほどわかる。もちろん受からなかった経験から学ぶことも多く、それが長い目で見れば人生の糧になることもあるだろう。だがその瞬間、暗闇に突き落とされたような絶望を感じるのもまた事実だ。

 15歳という年齢で、自分の進路を他者の判断に委ね、その結果によって道が決まる経験は、決して軽いものではない。受かるか落ちるかは、最後は神のみぞ知る。それでも目の前の課題に向き合い、一つ一つを丁寧に積み重ねながら、合格という糸を手繰り寄せようと努力する。不安と向き合い、少しでもそれを乗り越えようとする。そうした経験を15歳で味わうことは、とても貴重だと思う。入試制度の大きな意味は、不安との向き合い方を学ぶ機会を与えることにもあるのではないか。社会に出れば不確実性の不安にさらされ、それと向き合わねばならぬことは山ほどある。そう考えると、ある程度の倍率が存在することにも意味があるのかもしれない。

 

 そんなことを思っていた矢先、SNSに流れてきた地元紙の見出しが目に入った。
 「1万44人、笑顔満開」。

 この見出しには、同業者として強い違和感を覚えた。追検査を含む全日制・フレックス課程の受検者は1万575人。つまり531人は涙をのんだことになる。そして、その本人や家族もまた、紙面を見る読者ではないだろうか。合格した子どもたちが笑顔になるのは当然だ。だが、その裏側で散った桜があることを、発信する側は見えていただろうか。

 マスメディアは「マス」に向けて発信する。しかし、その記事の向こう側には、さまざまな立場や境遇の人がいる。大きく映る多数派だけに焦点を当てるのではなく、少数派に寄り添う視点もまた、メディアの大切な使命のはずだ。
 伝える側の一人として、改めてそのことの重みを感じさせられる見出しだった。

みんなの学校新聞

編集長 峯岸武司

広告

編集部より 記事は配信日時点での情報です。

ページトップへ