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不登校を乗り越えて「描く未来」 寄り添える先生を目指したい

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不登校を乗り越えて「描く未来」 寄り添える先生を目指したい

教育全般

みんなの学校新聞編集局 
投稿日:2025.11.21 
tags:いじめ, 不登校, 不登校 体験談, 不登校 支援

 思春期真っただ中の中学生時代は、誰もが人知れず悩みを抱える時期。つらいことや苦しいことにぶつかって、ぼう然とすることがあるかもしれません。そんな日々を先輩たちはどう乗り越えてきたのでしょうか。いじめや不登校を経験したある先輩の話を聞きました。

 

からかいから不登校へ

 「自分が不登校だったころを振り返ってみて、まだ『良かった』とまでは思えません。でも、学校の先生になるという夢を見つけることができたのは、あの経験のおかげだと思っています」
 伊勢崎市在住の大学4年生、高森レオさん(22=仮名=)は、穏やかに語り出しました。
 学校を休みがちになったのは中学1年のころ。クラスメートや部活動の先輩にからかわれるようになったのがきっかけです。
 最初はじゃれ合いだと思っていたものの、からかいは次第にエスカレートしていき、気持ちはどんどん沈んでいきました。
 「特に部活動では新人が自分一人だったので、からかいから徐々に暴力になりました。体を蹴られたり、殴られたり…。相談できる友達もいなかったので、誰にも言えず黙って耐えるしかありませんでした」
 からかわれるのは決まって担任や顧問の先生のいないところ。SOSを出すことは考えませんでした。からかわれる自分が恥ずかしくて、むしろ隠したい気持ちが強かったと言います。
 中2になってまもなく、学校に全く行けなくなりました。両親や祖父母からは「なぜ学校に行かないのか」と毎日責められ、つらい日々が続きました。
 「動く気力がなくなっていました。頭の中がぐちゃぐちゃで、なぜ学校に行けないのか説明できませんでした」
 特につらかったのが両親に不登校を責められたこと。「せめて大好きな両親だけは味方でいてほしかった。今思えば、両親も悩んでいたんだと分かりますが…。『自分は学校や家庭から否定されている』。当時そう強く感じたのを覚えています」

 

救いは〝寄り添ってくれる先生〟

 学校にほとんど通えなかった中学生活。しかし不登校の子向けの公的機関に通う中で、人生に大きな影響を及ぼす教員たちに出会うことになります。
 「自分の話を、決して否定せず、口を挟むことなく、じっくり聞いてくれました。良いとか悪いとか関係なく、等身大の自分を見てくれました。寄り添ってもらって救われたと感じました。不登校になって初めて『認められた』と感じました」

「過去は過去。それをどう意味づけるかが大事」と語る高森さん。たくさんの本を読む中で、そう思えるようになったといいます。

自分も先生になりたい

 高校は定時制と通信制のある県内の公立単位制高校に進学。高3の春に進路を考えたとき、「学校の先生になる」という夢が生まれます。自分が苦しかったときに寄り添ってくれた先生たちの顔が浮かび、「自分もそういう人になりたい」と思ったからでした。
 「自分には大したことはできないと思う一方で、不登校やいじめを受けた経験のある自分だからこそ、できることがあるんじゃないか、とも思ったんです」
 進学先の大学で今年度、小学校教員の免許を取得する見込みです。大学は第1志望ではありませんでしたが、後悔はないと言います。
 「過去は過去。大切なのは『それをどう意味付けるか』。不登校も同じ。マイナスと捉えず、その経験があったからこそ、『教員として子どもたちに寄り添いたいと思えた』と意味付けたいです」
 いま不登校に苦しんでいる子に何を伝えたいですか? 元当事者として、そう聞かれたときは、いつもこう答えています。
 「『いまを一生懸命生きているだけでえらいよ』と心の中で思います。でも、特段伝えることはありません。渦中にある子に良かれと思って何を伝えても、その子は今が精いっぱい。むしろ、その子の悩みを否定せず、じっくり耳を傾けたい。そのことがどれだけありがたいか。元当事者としての思いです」

 

目指すのは、また会いたいと思ってもらえる先生

 来春から小学校教員として働くに当たって、心掛けたいと思っているのは、「居場所のない子をつくらないこと」。クラスメートのいざこざや仲間外れなど、日常生活の小さなトラブルに寄り添い、▽嫌なことをされたときに意思表示してSOSを出す▽先生だけじゃなく周りの子もSOSに気付いて手助けする─そんな環境づくりを心掛けたいと言います。
 「大事なのはすぐに結果を求めないこと。不登校の問題は、学校に行くことがゴールじゃなく、その子が社会参画できること。その子が自分らしい生き方を見つけることがゴールだと思います。教え子に10年後、20年後に『また会いたい』と思ってもらえる先生になりたいですね」

 

※この記事はタブロイド判「みんなの学校新聞 4号(2025年11月)」に掲載された記事を転載しています。

(編集部)

 

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編集部より 記事は配信日時点での情報です。

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