【学校探訪記】夜間中学・県立みらい共創中の〝いま〟
さまざまな理由で十分な義務教育を受けられなかった人たちに教育機会を確保するため教育機会確保法が2017年に施行され、21年の菅内閣の時にすべての都道府県・政令市に夜間中学を少なくとも1つ設置する方針が示された。現在、夜間中学は19の都道府県と13の指定都市に53校設置されている。群馬県では今年4月に県立みらい共創中学校(伊勢崎市、飯嶌幸校長)が開校した。
県立の夜間中学の開校から8ヶ月。生徒たちがどのような環境で学校生活を過ごしているのか。同校を取材した。
■開放的な教室環境で62人の生徒が生き生きと学ぶ
同校の始業時間は午後6時から。5時過ぎに記者が訪れると案内された教室のフロアにはすでに登校している生徒たちが授業の準備をしたり、談笑したりしていた。
ワンフロアにすべての機能が集積されていて、入ってすぐに食事や談笑できるスペースが設けられている。1年生から3年生までの教室は壁を作らないオープン型の造りで、とても開放的だ。木目調の書棚には参考書や書籍、雑誌、漫画などが置かれ、図書館と教室が一体化した雰囲気だ。少人数授業を行う個別指導教室や相談室が周りを囲んでいる。
【画像】入ってすぐのコミュニケーションできるスペース 奥が教室
【画像】書棚には漫画や小説などさまざまな本が置かれている
【画像】個別指導教室
【画像】個別指導教室 次の授業に向けて先生たちが準備中
入学式当初35人だった生徒数は62人(中1 33人、中2 20人、中3 9人)と大幅に増えた。「生徒の8~9割が外国籍の方です。(外国人の多い)伊勢崎・太田から通う生徒の割合が高いですが、(遠方の)高崎や前橋から通学する人もいます」と校長の飯嶌幸先生。
今年4月に開校した際、3学年同時に開設した。学年の割り当ては入学時に事前面談を行い、それまでの学習歴や今後の進路希望などをヒアリングしながら、基本的に何年生でスタートするかは本人の希望を最優先して決めているという。入学の受け入れは随時行っている。1学年35人という定員を設けているため、定員を満たした時点で募集は停止する。ただし、3年生に関しては卒業までの期間が短いため定員関係なく9月以降の受け入れはしていないそうだ。入学できるのは義務教育年齢を超えた人(満15歳以上)で年齢の上限は設けていない。現在10代~70代までの生徒が在籍している。
生徒の一人、葛尾あゆみネイデさん(58)はブラジルの出身で25年以上日本で生活してきた。現在は太田市で公立小学校のバイリンガル教員をしながら、同校に通っている。数年前、ドキュメンタリー番組を通じて夜間中学に興味を持ったそうだ。群馬にも夜間中学ができることを知り、入学を決めた。
「学校はとても楽しいですよ。普段は教える立場だけど、生徒の立場になれるというのも面白いですね」と葛尾さん。その充実ぶりは表情が物語っていた。
【画像】インタビューに答える葛尾さん
■日本語の習熟度にあわせてカリキュラムも一工夫
同校は学校教育法第一条で規定された「一条校」のため、学習指導要領に定められたすべての教科を学ぶ。1日4限の授業で1つの授業は40分だ。授業時間は午後6時から午後9時10分まで。帰りの会を済ませて9時20分からが下校時刻となる。
授業開始間際の午後6時前には多くの生徒が充電用のロッカーから自分のパソコンを取り出し、教室で授業が始まるのを待っていた。この日の1限は全学年とも「総合的な学習の時間」だった。
モニターのある教室は今どき珍しくないが、特徴的なのは2台のモニターの1台は同時通訳用になっている点だ。日本語の習熟度が違うため、理解をサポートするために活用されている。チームティーチング形式が採用され、中心になって授業を進行する教師の他にサポートする教師が複数配置されている。
「基本的には学年別に授業が行われますが、国語と数学と英語の3科目については学年の壁を取り払い、習熟度でクラスを再編成しています。大きな教室で国語と数学と英語の授業をしている時間、言葉に慣れない生徒については別室で日本語の指導を行っています」と飯嶌校長。この時に少人数用の教室が活躍する。
【画像】教室ではICT機器も大活躍
【画像】先生も授業に熱が入ります!
【画像】もう片方のモニターには授業の同時通訳が表示されている
【画像】教室で真剣に授業を受ける生徒たち
■一人ひとりに寄り添いながら学ぶ意欲に応える学校
学校なので、行事もある。これまでスポーツ交流会(ソフトバレー)を開催し親睦を深めたり、七夕祭りでは短冊に願いを書いて飾りつけたり、八木節などの踊りを一緒に楽しんだりしてきた。日本の食文化に触れる目的で「うどん打ち体験」なども実施した。「ムスリム(イスラム教を信仰する人々)も在籍しているので、宗教的なものにも配慮しつつ、教職員で協力しながらやりました」と壁に掲示されたイベントの写真を見ながら、教頭の前島隆宏先生は説明してくれた。
「いろいろな国の人の文化や習慣が学べ、毎日新たな発見があります。勉強だけじゃなく、いろいろな行事も楽しいです」と葛尾さんも充実したプログラムに満足している。
【画像】生徒が美術の時間に創作した和菓子の細工
【画像】七夕祭りの記録が掲示された壁
「持っている背景がみなさん異なるので、一人一人に寄り添いながら個に応じたサポートを心がけていきたいですね」。飯嶌校長をはじめ同校の教職員の思いは確実に生徒たちにも伝わっている。通っている生徒からは「学校に来るのが毎日楽しい」という声が届くそうだ。そして、その声は教職員のモチベーションにもつながっている。
短い時間ではあったが、記者が教室を見学していても、生き生きと授業を受けている様子や和やかな雰囲気が伝わってきた。
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午後7時過ぎ。取材を終え、校舎の外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。ちょうど2限がはじまったばかりだ。暗闇の中で浮き立つ「群馬県立みらい共創中学校」の看板。そして教室からは明るくやわらかい白色の光が放たれていた。その光を見て、取材中に聞いた飯嶌校長の言葉が頭をかすめた。「働きながら通っている生徒さんは翌朝はまた朝早くから仕事に行っています。意欲的に学ぶ生徒さんが多くて感心させられます」。
校名に込められた「生徒一人ひとりが学校の新しい歴史を創ってほしい」という思いは着実に形になりつつある。
(編集部)