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【シリーズ】大人バトン◆シブヤから移住したIT起業家の逆張り人生(下)(CICAC 社長 今氏一路さん)

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【シリーズ】大人バトン◆シブヤから移住したIT起業家の逆張り人生(下)(CICAC 社長 今氏一路さん)

ライフ

みんなの学校新聞編集局 
投稿日:2025.02.20 
tags:minimu 足利, MITT CICAC, 今氏一路, 今氏一路 CICAC, 今氏一路 桐生, 大人バトン

 大人になったからこそ、自分の若い頃を振り返り、若者たちに伝えたいことがある。「今の若い奴は・・・」といった説教なんかじゃない、もっと大切なもの。失敗や成功も含めて未来の若者につないでいきたい心のあり方や生き方。先人たちから受け取ったバトンを次につなぐことで、私たちは歴史を紡いできた。第一線で活躍する「大人たち」からのバトンを紹介するシリーズ「大人バトン」の4回目は桐生に移住したIT起業家の今氏一路さんです。 

 

【写真】CICACオフィス内で(桐生市)

 

 24年11月29日、桐生市でタクシー不足を解消するために「日本版ライドシェア」のサービスがスタートした。その運行管理はMITTと呼ばれるアプリが担っている。このシステムを手がけたのが市内のIT企業・CICAC(シカク)だ。創業者の今氏一路は都内の大手IT企業を経て、2017年に渋谷で同社を起業、2年前に桐生に移住した異色の経歴の持ち主だ。人口減少が進むこの町で今氏は何を見つめているのだろうか。

 

 

#ドライな印象の裏にウェットな一面をのぞかせる


 今氏は自らの人間関係を「狭く浅く」と称したが、照れ隠しが多分に含まれているように思う。意外と「広く深い」。表面はドライな印象だが、内面は案外ウェットな部分も持ち合わせている。

 

 こんなエピソードがある。

 

 当時、今氏はプライベートでバンドを組んでいた。そのバンドでギターをしていた仲間の薗田佳介は本職がレコーディングエンジニアだった。個人でレコーディングができる時代になり、「仕事が減って困っている」という話を聞いた今氏は、薗田にプログラミングを教え始める。

 

「自分より2つ上なんですけど、すごくセンスが良くて。自分はサイバーで働いていたんですけど、テレ朝を紹介したんです。そしたら、そこで頭角を現してきて。この彼とはいずれ一緒に仕事ができたらいいなと思っていました」

 

 

#首をもたげた起業への思い


 サイバーエージェントは大企業だったが、自由度も高く寛大な環境だった。待遇も良く、仕事に対してさしたる不満はなかった。一方で、このまま安定した環境に身を置いて良いのかという気持ちもくすぶり始める。

 

「恥ずかしいんですけど、自分は他人とは違って何かもっと特別なことが出来るんじゃないかっていう全能感を30になっても持ち続けていたんですよ」 

 

 32歳の時、ずっと燻(くすぶ)っていた「何かやりたい」という思いが決壊した。離婚というのもきっかけになった。大好きな街・渋谷にCICACを立ち上げる。業界で出会ってきた仲間やクライアントに手伝ってもらったり、仕事をもらったりする形でスタート。そして、この独立・起業のタイミングで薗田のことが頭をよぎった。すぐに一緒にやらないかと声をかけた。

 

 

#大好きなシブヤを飛び出て移住を決意


 当時、テレ朝で働いていた薗田は家族ごと生まれ故郷である桐生に戻りたがっていた。今氏の中では彼とやりたいという思いがあり、「じゃあ、俺が東京でやるから、桐生で働いていいよという話になり、2拠点になったんです」。今、薗田はCICACの取締役副社長として今氏を支えている。

コロナ禍になり、「地方が面白いんじゃないか」という気持ちもあり、今氏自身も移住を考え始めていた。「本当はいくつか回ってから決めるつもりだったんですけど、薗田が桐生にいるから手始めにこの町を訪れたんです。で、1発目で決めちゃいました」と今氏は笑う。コピペにしか見えない都市部の街の風景とは違う風景が桐生にはあった。

 

「良い具合に古いものも残されていて、人と人の距離感も程良かった。そういうところが気に入りました」

 

大きな流れに乗らないで別方向へ行こうとする力学が今氏を桐生へと導いたのかもしれない。

 

 

#地方には東京に負けない刺激がある~若者に伝えたいこと。


 CICACは地方では異質なIT企業だ。同社クラスの地方のIT企業はプロダクトに既存のシステムを活用するケースが多いが、同社ではゼロからシステムを組み上げるスタイルを目指している。

 

「大きい企業さんと協力し合いながら、 桐生にIPO(新規公開株式)を目指せるような会社ができればいいかなと思いますね。人口減少を悲観するのではなく桐生市が“濃い7万人のまち”になればおもしろいと思います」と未来を描く。

 

 銭湯再生やMITTを活用したライドシェア。今氏が桐生で手がけた仕事に共通するのは地方の社会課題の解決だ。

「渋谷は刺激的な街ではあったんですけど、桐生の方がやりたいこと、やれてるんですよ。ここに来なければ、銭湯復活させたり、サウナ経営することもなかっただろうし、山でチェーンソーを振り回すこともなかったと思うんだよね」と今氏は笑う。

 

 そんな今氏には地方にいる若い子たちに常々伝えたい思っていることがある。

 

「地方出身の若い子って都会に刺激を求めて行きたがるじゃないですか。でも、刺激って多分与えられるものじゃなくて、自分で探しにいくものだって思うんですよ。東京で刺激を与えられることになれ過ぎちゃうと、探せない子になっちゃうと思うんです。いったん外に出るのは悪いことじゃないけれど、地元にも面白いことがころがっていることを知っておいてほしいですね」

 

 

【おわり】

 (取材・構成=峯岸 武司)

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