【シリーズ】大人バトン◆ヒーローはいまも熱狂の中に(下)(群馬クレインサンダーズ 社長 阿久澤毅さん)
大人になったからこそ、自分の若い頃を振り返り、若者たちに伝えたいことがある。「今の若い奴は・・・」といった説教なんかじゃない、もっと大切なもの。失敗や成功も含めて未来の若者につないでいきたい心のあり方や生き方。先人たちから受け取ったバトンを次につなぐことで、私たちは歴史を紡いできた。第一線で活躍する「大人たち」からのバトンを紹介するシリーズ「大人バトン」の3回目は群馬プロバスケットボールコミッション(群馬クレインサンダーズ)代表取締役社長の阿久澤毅さんです。
【写真】オープンハウスアリーナ太田で
ヒーローはいつも熱狂と喧噪の中にいる。12月11日、オープンハウスアリーナ太田では午後7時5分にティップオフになるレヴァンガ北海道戦に向けてスタッフが会場準備にせわしく動き回っていた。音楽がけたたましくアリーナ中に響き渡り、試合開始前の裏方の熱気に包まれる中、群馬プロバスケットボールコミッション(群馬クレインサンダーズ)社長・阿久澤毅(64)は姿を現した。
球団社長就任から5年が経過した。現在は球団の運営を支援してもらうため、自治体や企業など回り、講演やスポンサー集めなど精力的な日々を送っている。
1本のLINEが人生を変える
勢多農林高校の教員として定年を控えた59歳の12月、阿久澤に再び人生の大きな選択を迫る出来事が起こった。それは、一本のLINEがもたらした。送り主は高校時代、野球で同じ釜の飯を食べてきた木暮洋からだった。LINEに記された《プロバスケット球団の社長にならないか》という内容にはじめは度肝を抜かれた。
「何言ってんの? と思いましたね」。
だが、ちょうど手塩にかけてきた生徒の進路も決まり、「じゃあ、来年どうしよう」と思っていたタイミングでもあった。悩みはしたが、決めるまでに時間はかからなかった。ちょうど新型コロナウィルスが中国の武漢で発生し、世界中を巻き込んだコロナ禍の入り口だった。
そもそも木暮がなぜ阿久澤に球団社長の話を持ち込んだのか。そこには40数年を隔てた野球の縁があった。
オープンハウスグループが筆頭株主になり、群馬クレインサンダーズの運営に乗り出したのが2019年。新体制に向けて球団のGMでありオープンハウスグループの常務でもある吉田真太郎は球団社長探しに奔走していた。
「吉田さんの探し方が独特で、PL出身でプロで活躍した金石(昭人)さんに社長にするには誰がいいか相談したみたいね」と阿久澤は当時を振り返る。
金石は大阪で鉄板焼き屋を営んでいた。店には多くのアスリートが集まり、交流する場だった。そのスポーツ人脈を生かして社長候補を見つけようというのが吉田の狙いだったようだ。「俺は群馬じゃ阿久澤しか知らねえよ」。相談した吉田に対して、金石の口から出てきたのが「阿久澤」だった。
そもそも、この二人の接点はほんの一瞬だ。
78年の選抜大会で活躍したキリタカは、その後、大阪の招待試合に招かれた。そして、PL学園と対戦することになる。その時のピッチャーが金石だった。阿久澤はその金石から2本のホームランを奪った。「金石さんとの接点はその時だけなんですよ」。ただ、その時の鮮烈な印象が金石の脳裏に刻まれていたのだろう。
「金石さんのPL時代の同期である西田(真二)さんや木戸(克彦)さんが法政出身で、早稲田で野球をしていた木暮とは六大学野球を通じて知ってたみたい」。そんな縁で木暮と金石には面識があった。こうして金石-木暮ラインから阿久澤本人に球団社長の話がもたらされた。
野球でつながれた大阪との縁は40数年の時を隔てて、球団社長という形で返ってきた。
プロバスケットチームの球団社長として
20年1月、球団社長に内定。高校の管理職には退職の意思は伝えたが、同僚の教員や生徒には動揺を避けるため伏せていた。
「(同僚は)年明けてから荷物の片付けとかしてるし、辞めるんじゃないかといぶかしんでいたとは思いますけどね」
コロナが本格的に流行し始め、様々な学校行事が自粛ムードになると、ソーシャルディスタンスが声高に叫ばれた。当然、卒業にからんだイベントも中止に。
「部員に挨拶はしたけど、2メートルくらい離れて円陣を組んで、すごく味気ないものになってしまったよね。歓送迎会もない状態ですーっと抜ける形になっちゃって。生徒たちはどう思ってたのか分からないけど、今振り返ってみると、後ろ髪引かれる思いを抱かずに済んだのはむしろよかったかな」
長い教員生活。教え子たちは今や社会の第一線で活躍している。県内の企業や行政機関で経営者や管理職として働く教え子も少なくない。球団社長になり「教え子たちにいろいろ助けられたよね」とこの5年を振り返る。
ヒーローとして活躍した高校球児時代の仲間、そして「阿久澤先生」「アクちゃん」と慕う多くの教え子たち。彼らが熱狂の舞台から阿久澤毅を離さない。
「阿久澤って言えば、いまでも追っかけがいるくらいだから」と誰かが言った。その声をストレートにぶつけてみた。「いまでももてるよ。でもね、一番人気は木暮なんですよ」。豪胆に見えて、照れ屋な一面をのぞかせる。
「人前に出て話したりするのは、本当は得意じゃないんだよね」と言いながらも、快く取材を受けてくれた屈託のない笑顔にサンダーズの球団社長を引き受けた強い意志を受け取った。
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オープンハウスアリーナ太田の会場準備はますます熱気を帯びてきた。DJ IZOHやサンダーガールズがリハを始め、会場にはレーザーの色鮮やかな光が飛び交う。阿久澤毅は舞台を変えながらも、人々に感動と熱狂を与える主戦場にいまも立ち続けている。
(取材・構成=峯岸 武司)