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【教育コラム】宿題の「是非」についての考察(後編)(NEXTAGE SCHOOL 髙澤 典義)

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【教育コラム】宿題の「是非」についての考察(後編)(NEXTAGE SCHOOL 髙澤 典義)

オピニオン

みんなの学校新聞編集局 
投稿日:2024.10.15 
tags:NEXTAGE SCHOOL, NEXTAGE SCHOOL 桐生, 学校の宿題 是非, 宿題, 髙澤 典義

 前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

 お母さん(お父さん)方、お子さんの宿題に頭を抱える日々を送ってはいませんか?

 私は、現在の学校の宿題にはやや否定的な見方をもっています。子どもたちにとって意味のあるものとなっているのか? ここに疑問が残るからです。

 それでは早速お話をはじめたいと思います。

 

 

 

宿題は必要なのか… 宿題への3つの不満

 ここからは、主観を交えながら、学校の宿題についての不満(あえて強い表現にします)をお話させていただきます。

【画像】写真ACより

 1番の不満は、”勉強嫌いを生む”というものです。

 宿題は、教師にとって負担であるのに、子どものためになってないという残念な状態です。誤解を恐れずに言わせていただくと、この宿題というものの存在のせいで、勉強嫌いになる子どもたちは少なくないと思います。

 学校で6時間みっちり勉強をしてきて、帰ってからも宿題をする。では、いったい子どもたちは、いつ遊ぶのでしょうか? まともにやってたら遊ぶ時間なんてほとんど捻出できません。

 

 すると、子どもたちはどうするか? 答えは、2つ目の不満です。

 2つ目の不満は、”手を抜くことを覚える”です。

 どこで手を抜くか、まずは、学校の授業。そして、宿題。取り組みがいい加減になります。学校の授業は、規定時間は決まっているので、手を抜いたとしても自分の自由な時間は増えません。しかし、宿題については、取り組む時間次第で自由時間を増やせます。よって一番いい加減になりやすいのが宿題と言えるのではないでしょうか。そして、根本的に宿題そのものが一人ひとりの学力を支える意義ある内容になっているかというと疑わざるをえません。

 今は学力が”フタコブラクダ化”していると言われています。学力上位と学力下位の児童生徒が多くて、学力中位の児童生徒が少ない。それでもやはり、宿題は学級の中間層を狙ったものとなりがちであり、学力が高い子には簡単すぎて意味がない、ほぼ作業的なもの。学力が低位の子については、自分の力だけでは解けないというもの。それでも毎日毎日やらなければなりません。

 そこにどれだけ意味があるでしょうか?

 先生がいなくても自立的に学習できれば、それは理想的なことです。しかし、実態を考えると、見方によっては、非常に高度な要求をしているとも言えます。

 

 3つ目の不満は、”手段が目的化”しているという点です。

 宿題の目的は、学力の向上でしょう。ところが、実際にそうなっているでしょうか?今や、宿題を出すこと自体が目的化しているように思えてなりません。宿題は、あくまで手段で、その先の学力の定着なり伸びをしっかりと検証しなければ意味がありません。しかし、そういった動きは見られません。中には評価のために宿題を出しているような先生もいます。

 宿題を課しても、中には、あくまで「中には」ですが、ろくに子どもたちの取り組みの様子を見ない先生もいます。子どもたちは、ヒーヒー言いながら頑張ってやってきた宿題をろくに見ないなんて、子どもたちに対して不誠実です。そんな先生たちの言い訳は、”見る時間がない”です。だったら宿題を出さなければいいだけです。

 その分の負担を教材研究に回していい授業をして子どもたちに学力をつけましょうよ!!

 

それでも宿題はやるべきー学力向上以外の観点

 突然、逆説的な話をしますが、がっかりしないでください。

 私は学力向上以外の理由も、宿題にはあると思います。

 宿題をやる意味を「自分の学力向上のため」のみで捉えてしまっていると多くの子にとってあまり意味のないこととなりますが、他にも理由があるとは考えられませんか? そこを蔑(ないがし)ろにし、目を向けずにいると、ますます意味のないものとなってしまいます。

 「宿題は先生との約束」「宿題は約束を守る練習」という、全く別の観点からの理由付けができれば、何人かの子どもの行動が変わってくるのではないでしょうか。

 実際、大人になっても限られた納期で、仕事を仕上げなければならないというのは、よくあることです。

「宿題を毎日きちんと提出することは、約束を守り、信頼関係を築く練習になる」と思えば、学力向上に対するモチベーションとはまた別の観点で、宿題へのやる気が湧いてくるとも思います。

 考えてみれば、もっともっと理由付けはできそうです。

 大切なのは、子どもが宿題をする必要性を感じられるように理由づけすることです。そして大人は、ただ闇雲に「宿題しなさい」と叱り飛ばすのではなく、その理由を子どもが理解納得できるように、話をする必要があるんじゃないかと考えています。

 

やり方を工夫してみようー宿題の取り組み方への提案

 せっかく、いや、どうせやるならば、やはりきちんと力を付けて欲しくないですか?

 あえて大袈裟な言い方をすれば、毎日毎日”無駄な時間”を過ごしているのは、あまりにももったいなくはないですか?

 

 そこで、まずは学力上位の子に提案です。

 算数の宿題では、時間を計って取り組んでみてはどうでしょう? 自分でちょっと難しいくらいの時間設定をして、そこに挑む。スピーディーかつ正確に問題を解ける力を付ける練習とするのです。

 国語の漢字の宿題では、単に同じ漢字を1行練習するのではなく、新出漢字を使った熟語を練習してみてはどうですか? 新出漢字を使った文を作ってみてはどうでしょうか? その中で新出漢字以外の漢字も極力まだ習っていない漢字を使ったものを選んでみてはどうでしょうか?

 

 次に、学力中位の子に提案です。

 算数の宿題では、おそらくわかる問題とわからない問題があると思います。たいていは、わかる問題はわかるのでやっていてあまり苦ではないはずです。わからない問題は、何となく解答して提出になってしまってはいませんか?

 しかし、君が頑張らねばいけないところはわからない問題にこそあります。そこがわかるようになれば、全ての問題が解けるようになります。

 では、どうしたら良いか。

 教科書に立ち戻って確認していけば理解できるものもあるでしょう。それでも理解できない場合は、先生や保護者の方に聞くことが必要でしょう。

それが難しい場合は、塾などに行くことも選択肢にあがってくるかもしれません。

 

 最後に学力下位の子に提案です。

 算数の宿題では、わからないことが多いでしょう。どう手をつけたら良いのかわからないことも多いでしょう。それは、今勉強している内容以前に必要な学習が存在しているからです。そこを補わなければ、今の宿題を解いていくことが難しい状態にあります。そんな時には、やはり、先生や保護者の方、塾の先生に伴走してもらう必要があるでしょう。きちんと段階を踏めば、必ずできるように、わかるようになります。

 

おわりに

 途中でお話しさせていただいた通り、個人的には現在の宿題に対しては懐疑的です。

 しかし、学校現場を知ってしまっているので、宿題をやらないでいいとは言えません。宿題をやらないことで通知表の評価は下がりますし、先生にも叱られます。子どもたちが嫌な思いをすることが多いんですね。

 そのため、現状宿題が出ている以上は、きちんとやって提出する方が賢明だと考えます。ただ、やり方をそれぞれの学びに繋(つな)がるようなものにすれば、現状の宿題だって有効なものに変えることができます。学力向上に繋げることができます。

 でも、本当は全員一律の宿題を廃止し、一人ひとりの学力に合った「個別最適化した宿題」を出すことだってできると思いますし、場合によってはこれまでの宿題というもの自体の意味を考え直し、違う形で子どもたちに学力をつけていくことだってできると思います。

 子どもたちが主体的に取り組める宿題、自分の力を鑑みてやるべきことを決められる宿題、やる曜日や時間を自分で考えてメリハリのある姿勢を身につけられる宿題…。

 みなさんは、宿題についてどうお考えになりますか?

 

オルタナティブスクール「NEXTAGE SCHOOL」

主宰 髙澤 典義

大学卒業後、18年にわたり公立小、中、特別支援学校において勤務。2015年から3年間在外教育施設(ソウル日本人学校)における勤務を経験。2021年教師を辞め、桐生市にNEXTAGE SCHOOLを開校。

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