【インタビュー】「できないなら、それはそれでいいんじゃない」という社会は子どもを幸せにするか?ーさかいゼミ 酒井塾長に聞く
コロナ禍以降、親も子どもも意識が変わってしまったという声をよく耳にする。実際、意識の地殻変動は起きたのか。だとすれば、今の教育現場で何が起こっているのか。桐生市で46年間、進学塾を営み、多くの卒業生を送り出してきたさかいゼミ(桐生市)の酒井久美子塾長に聞いた。
――今の教育現場で気になっていることはありますか?
コロナ禍で別に学校に行きたくなかったら行かなくていいんじゃないかと考える親は間違いなく増えています。そこそこ稼げて、最低限生活していければいいじゃんという意識が社会に浸透しているなと感じます。その意味で、コロナ以後、親の中での優先順位が大きく変わってしまったように思います。コロナ前は戦後の高度経済成長の名残がまだ残っていて、中流以上でいたいという意識が親の中で残っていました。
これは例えば高校受験にも影響しています。「行けるところに行ければいい」と考える親が多くなりました。親も子も受験で楽したいという意識が垣間見えます。
子どもは経験がまだ浅いわけだから、本来ならそれを親が導かなければいけないわけです。でも、今は親がそうしない。なんでも子ども任せです。子どもが嫌がっているから(させなくても)いいやになる。親が分かっていないですよね。
――どうしてそうなってしまったんでしょう?
いくつか原因はあると思うけど、一つは無理に頑張らなくても何とかなっているからじゃないでしょうか。行きたくなければ学校も行かなくていいよという風潮がコロナ以後は結構強いよね。(子どもが何かを)できないなら、それはそれでいいんじゃないみたいな意識を持つ親が明らかに増えました。自由で何でもありでも、とりあえずなんとか(社会や生活が)成り立っているから親も子も向上心が持てない状況に陥っています。
――でも、なぜ向上心を持たずに何とかなる社会になってしまったんでしょう?
少子化が大きいでしょうね。子どもが少ないから、少し頑張れば、部活でも運動でもそれなりの結果が得られる時代です。いま部活でも県大会に出場するハードルは昔に比べてぐっと低いんです。ちょっとやればすぐに上に行けてしまいます。これは勉強も同じです。何かしら褒められる機会が今の子はとても多い。で、それだけで満足しちゃっています。人口が多い時代は何をやるにしてもそれなりの努力が求められました。一方、今は少子化の時代だから、競争心が芽生えにくい状況ですね。でも、競争がないというのは子どもを伸ばすうえで大きな足かせです。
【写真】インタビューに答える酒井塾長(さかいゼミで)
――子ども任せの親が増えたという意味では進学塾にとっては厳しい時代かもしれませんね。
まぁ厳しくやっているような塾はそうでしょうね。
あ、でも一方で、子どものことに対して異様な態度で接する親も増えている気がします。子どもに対して物凄くきつい態度で接する親が昔に比べ少なくありません。子どもに対して甘えさせる部分がないんです。そういう家庭は子どもが親から離れたがるし、親が嫌で嫌でしょうがない。だったら、(家から)飛び出すかというと飛び出せない。だって、親に養ってもらわなければ、生きていけないことがわかっているから。で、親に言われっぱなしで小さく縮こまっている子どももいます。そういう親子が昔に比べて増えています。
――極端ですね。
すべてのことが極端に二極化している時代です。何事も「良い加減」が大事だから、極端になるのはよろしくないと思っています。
――他に何か気になることはありますか。
あと、今の日本にとって嘆かわしいと思っているのはデジタル化。これは子どもたちにとって、ホントによろしくない。昔は自分から出ていかなければ世の中にアクセスできなかったけれど、今はしゃべらなくてもつながれる。もちろん、そのことの良さは認めます。デジタルがいけないとは言いません。でも、必要以上にやることはないんじゃないかなって。すべてをデジタルでやるんじゃなくて、要はこれもバランスの問題。北欧では脱デジタル化の動きが起こっていると聞いています。
デジタル化は長けている子にとってはとてもいいのだけど、そうじゃない子はただ開いているだけで何もしなくていい環境を生み出しています。合理的なものを追求するがために、それについていけない子も出てきています。一握りだけを伸ばすような今の社会のあり方、教育のあり方はよろしくないと思います。やはり教育はアナログの対面も大事で、それをないがしろにしてしまうのは違っていると思いますね。
(聞き手=峯岸 武司)