【学校探訪記】わせがく高校の挑戦
「わせがく高校? なんだか得体が知れない学校だな。まずはそう思われて、入ってみたらいい学校だった。こう言われることが多いですね」。
わせがく高校太田キャンパス長をつとめる丸山昌利は笑いながら話す。
肩幅の広い屈強な体躯は、高校時代、野球に熱中していたことを窺わせる。その当時の夢は野球の監督になること。その夢は叶い、大学卒業後、県内の公立高校で教鞭をとりながら、野球部の指導も行った。そして、この高校教員時代に丸山の転機は訪れることになる。
丸山の転機について記す前に、まずわせがく高校とはどんな学校か触れておきたい。
太田駅北口を本町通りに向かって歩くと、ちょうど富士重工群馬製作所のビルの向かい側に緑色の「わせがく高校」の看板が目に入る。全国に11のキャンパスと学習センターを持つ、通信制課程を主とした高校だ。
わせがく高校は、中学校時代に不登校を経験したり、高校受験を経て一度高校に進学したが学習についていけず単位を落としてしまったり、人間関係でつまずき、学校にいけなくなってしまった子供たちを主に受け入れている。再び彼らが立ち上がり、社会に巣立っていけるように支援することを目的とした学校だ。運営は東京で早稲田予備校を経営している学校法人早稲田学園が行っている。
話を戻す。
勤務していた公立高校で丸山が目の当たりにしたのは、入学した生徒がどんどん辞めていく現実だった。
「様々な理由はあったと思いますが、学校に適応できず引きこもってしまうんです」。辞めていく彼らを何とかサポートできないか。そんな思いを抱いていた折、中退した彼らが通信制課程の学校に転籍したことを人伝いに聞き、わせがく高校の存在を知ることになる。
丸山は勤務していた高校からわせがく高校への転職を決意した。丸山の最初の配属は千葉にある多古本校だった。 その本校での勤務をしながら、「いずれ群馬の地でわせがくの教育を!」と丸山は考えていた。
群馬県内各地域の教育現場の声を聴き歩き、東毛地域にわせがくの必要性を感じた。何度も何度も管理職へ企画書を提出し、その期間は実に6年を要した。
そして平成23年。丸山の熱意は通じた。同年、わせがく高校は太田に学習拠点を出すことを決め、まずは学習センターとして開校することになった。学習センターは「分校」の位置づけだ。その後、「太田キャンパス」に格上げされた。
今年、太田キャンパスには43人の新入生が入学した。在籍する生徒は164名。高校転編入学者の受け入れとして年間50名ほどの生徒も入ってくる。高校1年から3年までがここで学ぶ。教員は教頭含め7名だ。
「わせがくでは社会性を身につけて卒業してもらうことに力点を置いています。進学にも力を入れていて、わせがく全体で85.3%が、太田ではおよそ8割が進学します」と丸山は説明する。4年制大学・短大が4割、専門学校が4割、就職が2割という比率だ。
社会にしっかり出ていけるように体験型の学習を多く取り入れているのも同校の特徴の一つでもある。それゆえ、修学旅行は3回ある。「1年次は千葉の館山、2年次は大阪、3年次はグアムです」(丸山)。中学時代、宿泊を伴う学習を経験していない子が少なくないため、回数を多く設けているそうだ。農業学習や太田のスポレク祭のボランティア活動などのイベントもカリキュラムに落とし込んでいる。
まともに中学に通えなかった子も少なくない。だから授業も中学生からの総復習から始まるという。
中には県内有数の進学校をやめてくる子もいる。高校の勉強についていけずドロップアウト。進学校では大学進学のために膨大な課題が出される。加えて授業の進度も早い。この厳しい状況についていけなくなり、群れからはぐれてしまう。
「中学時代、つまずいた経験がない彼らは、いったん挫折するとなかなか立ち直れないんです」。華々しい進学校の実績の影にこんな現実も横たわっている。
「中学で引きこもってしまった子は高校入学という環境の変化は変われるチャンスでもあります。引きこもりで悩んでいる保護者の方がいらっしゃったら、相談に乗れるので気軽に問い合わせてほしい」と丸山は話す。
丸山がかつて関わった生徒には幼稚園の頃から引きこもってしまった子もいた。その子が現在は就職し社会で活躍している。「こういう関わり方ができるのはわせがくならでは。無茶苦茶やりがいのある仕事ですよ」と嬉しそうに語る。熱血であり、それでいて、どんなことも受け止めてくれる器の大きさを感じさせる笑顔だ。丸山はとにかく明るく朗らかだ。取材後、応接室から外に出ると、彼のもとにさまざまな生徒が寄ってきた。彼が生徒から信頼されている何よりの証である。
いったん群れからはぐれてしまった子を、また社会に導いていく。群れからはぐれたことは決して悪いことではない。その子の個性を尊重し、多様性を受け入れる土壌がわせがく高校にはある。「卒業して就職した子も、相談に乗ったり支援しています」。
職員室を案内してもらった。学校になじめなかった子供たちが、先生たちと談笑している。その姿が印象的であり、いったん心を閉ざしてしまった彼らの心を開く環境がこの場所にあることを感じた。
内閣府の平成24年の調査では、15~19歳の引きこもり人口は9万人とも言われている。彼らが社会の扉を再び開けるように、わせがくの挑戦はまだ続く。
※記事は敬称略で構成しています。
(編集部=峯岸武司)