【コラム】魔物(神子澤修)
パリ五輪が終了しました。夏の甲子園大会はこれから佳境を迎えます。
以前、私がキリイチに在籍していた時のお話しです。
当時の校長から、「神子澤先生、野球部に同行してセンバツ甲子園大会に行ってきてください。」と指示を受けました。一応引率の責任者という立場でしたが、中身は雑用係です。大変な仕事を引き受けたなぁ、と内心後悔しました。
ただ、結果的には、私はこの経験からかけがえのないものを学びました。
【写真】阪神甲子園球場(出典:写真AC)
毎日、宿舎であるビジネスホテルの地下一階のバンケットルームで朝食と夕食の前に「ミーティング」が行われます。コーチが進行役となり、その日の日程等が発表されます。最後に監督からの指示が伝えられます。一回戦前日の夜のミーティングでの事です。監督からの指示はこのような内容でした。
「君たちは、弱い。だから明日は勝とうと思うな。練習試合のつもりで臨め」
私は、自分の耳を疑いました。「何を言ってるんだ!」
私だったらこう指示したと思います。
「明日は、1回戦だ。群馬県代表として必ず勝たなければならない。1回戦で負けたら、恥ずかしくて群馬に帰れない」
翌日、試合結果は勝利。2回戦に駒を進めることができました。
2回戦の前夜、また、当時の野球部の監督は、
「明日は、2回戦だが1回戦同様、練習試合のつもりで臨め」
それを聞いて私は、またもやもや感を強く抱いていました。
翌日の2回戦、勝利。次は、ベスト8をかけた3回戦です。
前夜のミーティング、やはり監督は、
「このチームで2回勝てたのは奇跡だ。明日は、相手チームの胸を借りるつもりで練習試合のつもりで臨め!」
私だったら、「明日勝って、ベスト8をつかみ取るぞ! 絶対勝つぞ!」と言っていたと思います。
翌日の結果は、残念ながら惜敗。負けた原因は、信じられないようなミスが2回も出たためです。試合終了後のミーティングで監督は、選手にこう諭していました。
「君たちの勝ちたいと思う気持ちは、よくわかる。ただ、そう思えば思うほど意識が相手に行ってしまい、平常心をなくしてしまっていた。空っぽになった君たちの心の中に、甲子園の魔物が入ってしまった。だからミスが続いた。そして、負けた」
甲子園には『魔物』がいる。かけがえのない学びになりました。
桐生大学附属中学校 校長 神子澤 修
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