群大研究室と連携協定 デジタルシチズンシップ教育に向けた中之条町の挑戦
全国的に中学生のスマートフォン所有率が増加する中、中之条町(群馬県)では依然として低い水準にとどまっている。その背景には、町と教育委員会が進める「アウトメディア活動」がある。子どもたちをデジタル機器の長時間使用から守り、健康や生活習慣の改善を目指すこの取り組みは、専門家との連携を深めながら進化を続けている。今年1月、同町は群馬大学情報学部・伊藤賢一研究室と「デジタルシチズンシップ教育」の推進に向けた協定を締結した。町の挑戦は、デジタル時代を生きる子どもたちにどのような影響を与えるのか――。
■中之条町が取り組む「アウトメディア活動」
NTTドコモのシンクタンク「モバイル社会研究所」が行った調査(2023年11月)によると、スマートフォンの中学生の所有率は70%を超え、特に中3は80%に達している。そんな中、中之条町(群馬県)の中学生の所有率は22年が50.4%、23年が54.1%(同町教育委員会調べ)とやや増加傾向にあるものの、全国平均に比べてかなり少ない。背景には町が取り組んでいるデジタル機器への依存から子どもたちを守る「アウトメディア活動」がある。
町の養護教諭会が2010年に実施した「生活習慣に関する実態調査」で子どもたちのメディア利用に関する課題が明らかになった。そのことがきっかけとなり、町と教育委員会による「アウトメディア活動」が立ち上がった。活動では子どもたちの健康や生活習慣の改善を目的としたさまざまな取り組みが行われている。14年には町アウトメディア推進委員会が設立され、17年には「アウトメディアのきまり」を策定。デジタル機器の危険性について啓発活動を行っていた小児科医の田澤雄作氏やネットリスクの研究をしている青森大学客員教授の大谷良光氏の講演会を開催し、専門家による啓発活動も進めてきた。
【画像】中之条町アウトメディアのきまり(小中学生の保護者向け)提供:中之条町教育委員会
■群馬大学情報学部・伊藤賢一研究室との連携協定 啓発による成果も
群馬大学情報学部の伊藤賢一教授は子どもたちを取り巻くインターネット環境の調査研究を行い、長時間利用がもたらす弊害や学校裏サイトやネットいじめなどの社会問題に向き合ってきた。現在、ネット健康問題啓発者養成全国連絡協議会(THInet)のメンバーとして、子供たちのデジタル機器利用に関する啓発活動や子供たちのネット利用に注意喚起を行うインストラクターを養成するなど、全国的に活動している。
大谷氏が同会のメンバーでもあった縁で、22年から2年間、伊藤賢一研究室は中之条町と連携協定を締結し、デジタル機器の長時間利用による健康被害について、子どもたちや保護者を対象とした講演会を実施したり、各家庭に啓発冊子を配布するなどの取り組みをしてきた。
THInetのインストラクターが出前授業の中で、子どもたちに対して「スマートフォンの使いすぎは成績が落ちる」「目が悪くなる」といった具体的な影響を伝えると、実際に使用時間が減るなどの効果が見られたという。「特に成績が落ちるというメッセージは、子供たちにとって非常にインパクトが大きいようだ」と伊藤教授は話す。
町の担当者は「伊藤研究室との連携によって、デジタル機器などの長時間利用による健康被害やSNSの危険性について、データを用いた説明が行われるようになった。これにより、子どもたちや保護者の理解が深まり、アウトメディアの必要性について考える環境が整えられた」とこの2年間を振り返る。
■アウトメディア活動に対する保護者や子どもたちの声
アウトメディア活動に対する町の保護者や子どもたちの意見はさまざまだ。
保護者の中には、「町が主体となって取り組んでいることで子どもとルールについて話しやすい」と評価する声や、「健康被害やSNSの危険性を考慮し、必要な取り組みである」と賛同する声がある。一方で、「連絡手段として必要である」といった意見や、「時代の流れにそぐわない」という反対意見も見られる。さらに、高校進学後にスマートフォンを持った際に、反動で過度に使用してしまうのではないかと懸念する声もある。
子どもたちの間でも意見は分かれる。近隣の町村ではアウトメディアの取り組みが行われていないため、「町の取り組みが厳しすぎる」と感じる子どももいれば、「健康被害やSNSの危険性を理解し、必要な取り組みだ」と考える子どももいる。
■デジタルシチズンシップ教育に向けた新たな連携協定の締結
今年1月16日には中之条町・同町教育委員会と伊藤研究室はデジタルシチズンシップ教育推進の連携事業協定(28年3月まで)を締結した。デジタルシチズンシップ教育は、子どもたちにデジタル機器を適切に利用する方法を教えることを目的としており、特に欧米では積極的に推進されている。日本でも、デジタル機器の利用が増える中で、子どもたちが適切に機器と向き合うための教育が必要だという声も生まれてきている。
今回の協定は、これまでの事業を継続し、子どもたちの行動変容に特に効果のあった授業内容などを分析。教員らと一緒に次期学習指導要領に向けたカリキュラム一覧と教材を作り、中央教育審議会に提案する計画だという。
伊藤教授は「取り組みを通じて、デジタル機器の利用が子供たちに与える影響を具体的に検証し、子どもたちがデジタル機器と適切に向き合える環境を作っていきたい」と話している。
(編集部)