【私小説】Nの青春<第1章> その2
第1章
生きること、それは日々を告白してゆくことだろう
その2
(その1を読む)
この異様な雰囲気に新入生たちは何をしたら良いか分からず茫然として立ち竦んでいた。すると、檀上に「チョウラン・ハイカラー」(学生服の形状で、あのマンガ「花の応援団」の主人公青田赤道のような恰好)の漢(オトコ)が現れると中央部で立ち止まり、新入生の方を向いて両手を腰の後ろで組み、まずは深々と一礼をして、顔をあげながら「押忍!」と挨拶をした。その声は余程大声を張り上げ続けて来たのであろう、完全につぶれていた。だから余計に迫力があった。
新入生たちはいまだに何が起こっているのか呑み込めずにキョトンとしていると、間髪入れずに木刀と竹刀を振り落とした音が体育館の中に響き渡った。
「貴様ら! 団長が挨拶をしているのに返事もできないのか!!」と、誰かが叫んだ。(たぶん副団長だったのではないか、と、思われる。)
するともう一度、団長が態勢を整えて言った。
「押忍!」
新入生たちも細々とした声で応えた。
「オ、オス。」
「声が小さい!!」
同時に<バーン>と、また床が鳴った。
団長はあたかも新入生を慈しむように優しい(でも擦れている)声でにこやかに言った。「相手が礼を以て挨拶をしたら、礼を以て返す。これが礼儀というものです」「それではもう一度、挨拶をし直しますね」 『押忍!』
『押忍!!』 新入生たちは出せる限りの声を腹の底から響かせていた。
これでひとまずはオッケー、と思いきや、さらに続きがあった。
生徒手帳には書かれていない「応援歌」を団員たちが披露してくれたが、一度聞いただけなのに直ぐに「歌え!」という。また床が<バーン>と鳴った。
その「応援歌」の中には『ゲ〇ゲ〇ゲ〇のゲ〇』という滑稽な踊りを伴うものもあったが、新入生たちにとっては可笑しがるどころかそれら全てが“恐怖の時間”でしかなかった。入学式の時の「神聖な場所」が、三日後には「暴力の現場」に堕ちていた。
ホームルームに戻ると、Nはすかさず担任に尋ねた。
「何なんですか、アレは」
「ここは進学校ですよね。新入生にいきなりあんなことをするなんて。あれじゃあまるでここが低レベルの不良高校みたいじゃないですか。先生たちはあそこでどんなことが起こるのかご存じだったのですか、ご存じだったのですね」
すると担任は困惑したような表情を浮かべながらこう答えた。
「そうやって、ここの生徒たちはK高生になって行くらしいね。ここの卒業生の先生方はそうおっしゃっていたよ。私はT高(G県西部の)だったから理解できないけどね」
これだけでも空恐ろしいことなのに、それでもまだNはこれから間もなく起こるもっと恐ろしいことを予測すらできていなかった。もう頭の中が一杯いっぱいで他のことを考える余裕すら無かったからだ。
次の休み時間になると、ストレスを感じていたのはNだけではなかったようで、相棒の総務委員のTが突然教室の前に出て「押忍! 貴様ら声が小さい! 総務委員様が挨拶をしているのだぞ! 」とつい先ほどの団長のマネをし茶化しながら精神の安定を保とうとしていた。
その時、教室の後ろの扉が開いて、「オイ! このクラスにUという奴がいるだろう。ちょっと顔を貸せ。話がある」と、先ほど新入生を取り囲んでいた黒ずくめの集団のうちの数人がクラスメイトに声をかけて来た。Tは一瞬で青ざめた顔になったが、黒ずくめの奴らはTのことには目もくれずにUがどこにいるのかと目を光らせていた。するとUは何かを察知し観念した様子で「はい。僕です」と言って後ろの扉から廊下に出て行った。
怯えて机の陰で縮こまっている相棒のTをそのままにして、もう一人の総務委員であるNは震える足に鞭を打ってUの後を追って廊下に出た。そこで目撃した光景は、<逃げられないように数人でUを取り囲み、そのうちの数人がUの脇腹を拳でドスドスとたたきながら「お前もエンダン(応援団のこと)に入れ!」と強引な“勧誘”をしているところ>だった。Tを責めることはできない。Nも恐怖で何もできなかったのだ。
「入りたい部活があるので僕は応援団には入りません」
何度かの“ドスドス”に怯むことなくUはきっぱりと誘いを断わり、エンダンの連中もそれ以上は誘っては来なかった。なぜなら次のターゲットがこのクラスの中にいたからだ。
解放されて教室の中の自分の席に戻るUの姿を目で追っていたNは、机に両肘をついて頭を抱えているもう一人のクラスメイトの姿を捉えていた。Iだった。するとすぐに廊下から声が掛かった。「オイ、Iがいるだろう。ちょっと来い。」
Iも堂々としていた。確か彼は柔道の有段者で一族からは達人と呼ばれる人物も輩出しているようだった。そして遂にエンダンの連中は引き上げて行き、クラスには平穏が戻った。
それではなぜUとIがエンダンに呼ばれたのか。UとIだけが呼ばれたのか。
それは二人が「浪人生」だからだった。その当時は「K高」のブランド力が高く、1年間の受験勉強を追加してでも「K高生」になりたい男子が大勢いたのだ。
問題はそこではない。『個人情報』が学校側からエンダンに流出していたことだ。UとIが浪人生であることは、Nを始めクラスメイトたちはこの時初めて知った。さらに年齢の問題だけではなく「身体的な特徴」を持っている生徒もターゲットにされていた。Nの中学の後輩のHがそれに当たる。1年後、エンダンは本当に心の優しいHをターゲットにしていた。エンダンに囲まれて“ドスドス”をされていたところを、2年生になっていたNは止めに入った。
このように、当時のK高には「応援団」という『暴力装置』が設置されていた。とはいえ普段の学校生活で彼らが同級生に暴力を振るったことは一度も聞いたことがない。改造バイク(原付)にまたがり髪をリーゼントにして「カノジョォ、オレと遊ばない?」などと他校の女子高生に対してナンパなことをやっていただけだ。
応援団は正式名称を「應援指導委員会」といって、それは生徒会の管轄ではなく学校本部の直属の組織だった。もう一つの「吹奏楽委員会」も活動資金は生徒会費からではなく学校から直接下りていた。そういえばどちらも野球絡みか。
ところで主人公のNはというと、入学後の三日目でK高を選ばざるを得なかった我が身の不運と不甲斐なさを呪い、勉学への意欲を無くして順位を落とし、やがて「退学」を決意するまでに心を壊してゆくのであった。
(つづく/毎週木曜掲載)
プロフィール
丹羽塾長
<現職>
桐生進学教室 塾長
<経歴>
群馬県立桐生高等学校 卒業
早稲田大学第一文学部 卒業
全国フランチャイズ学習塾 講師
都内家庭教師派遣センター 講師
首都圏個人経営総合学習塾 講師
首都圏個人経営総合学習塾 主任
首都圏大手進学塾 学年主任
都内個人経営総合学習塾 専任講師