【私小説】Nの青春<第4章> その4
第4章
友達は要らない。 友達を作ると人間強度が下がるから。
(その3を読む)
「ところでさ、お前、うなぎ、好きか?」…
このIの問いかけにNが戸惑っていると、Iは『脈あり!』と判断したのか、すかさず「俺んち、うなぎ屋なんだ。こんど食べに来いよ。ごちそうするよ。」と言ってきた。
小学5年生の時以来、<うなぎ>の味をNは何度思い出そうとしてきたことか。
しかし、残念ながらあの「感動」は思い出せても「味」の方は何一つ思い出せないでいたのだ。「味」を思い出そうとすると「不安」の方が思い出されてしまうのだ。これをたぶん「トラウマ」というのだろう。しかし今回の提案は「ごちそうするよ」だ。値段のことはまったく気にしなくても良いのだ。そして、もはやNの耳には入って来なかったが、続けてIが言うことには、Iの家(店)は“老舗”でその秘伝の<タレ>はK市では評判の味らしいのだ。
Nの頭の中にはもう『感動』しか存在していなかった。「友達は作らない」などという「理屈」は<うなぎの味>という『本能』の前にはまったくの無力であった。
こうしてNは<うなぎ屋の息子>と友達になった。いや、その後もIとは長い付き合いとなる『親友』になった。これは当時のK高にはNのことをちゃんと見ていた、そういう同級生が一人でもいたという事実の証明でもあった。それがたまたま<うなぎ屋の息子>だったというだけのことだ。
いずれの理由があるにしても一瞬にして「人間強度」を低下させてしまったNは、同時に「学力強度」が低下してしまう道も選択してしまったことに全く気付いてはいなかった。Nにとって「人間強度」と「学力強度」が全くの比例関係になっていることなど、まったく知る由もなかったのだ。
格好つけて<ミシマ>なんて読んでいないで、おとなしく<ダザイ>を読むべきだったのかもしれない。「人間失格」とか…。
(この章 おわり)
プロフィール
丹羽塾長
<現職>
桐生進学教室 塾長
<経歴>
群馬県立桐生高等学校 卒業
早稲田大学第一文学部 卒業
全国フランチャイズ学習塾 講師
都内家庭教師派遣センター 講師
首都圏個人経営総合学習塾 講師
首都圏個人経営総合学習塾 主任
首都圏大手進学塾 学年主任
都内個人経営総合学習塾 専任講師