独自教育ビジョン「S.P.A.R.K.(スパーク)」で動き出す桐商の未来ー星野校長に聞く(上)
2025年4月に桐生市立商業高校に着任した星野亨校長が打ち出した新構想「S.P.A.R.K. for our well-being!」。生徒一人ひとりが自ら考え、行動し、社会に能動的に関わっていく力を育むための桐商独自の教育ビジョンだ。星野校長はこれまでの教職経験を踏まえて新たなビジョンを桐商に根づかせ、生徒一人ひとりの心に火をつけようと動き出した。
(役職が混在するため、敬称略で記事を構成します)
■「SPARK」という名の新構想が目指すもの
「S.P.A.R.K.って響きがいいでしょう。変わるためには火花が重要だし、心に火が灯るみたいな感じで。英語表記でも意味が成り立つんです」。
S.P.A.R.K.とは、今年4月に校長として着任した桐生市立商業高校の星野亨が掲げた新構想の略称だ。正式にはStudents’ Power of Agency and Resilience at Kirisho for our well-being。変化の激しい時代、社会課題など“正解のない問い”と向き合うには、「言われたことを正しくこなす力」だけでは不十分で、一人ひとりが主体的に考え、判断し、行動する力が求められる。
【写真】新教育ビジョン「SPARK」について語る星野校長(桐生市立商業高校で)
そのために必要なのがAgency(エージェンシー・主体性)とResilience(レジリエンス・困難を乗り越える力)。こうした力を学校全体で作り上げていこうという思いを込めた。
この事業を打ち上げた背景には星野の前任校・前橋南高校での経験が生かされている。前橋南高校は県が推進する非認知能力養成に向けたSAH事業の指定校だ。今回のSPARK構想の打ち上げが星野の思いつきではなく、この先を見据えた緻密なビジョンであることを理解するためには、前任校での取り組みを紹介しておく必要がある。
前橋南高校で出会ったSAH
■SAHって何だ?
2023年4月。桐生高校から前橋南高校の教頭として赴任したその日に星野は、当時の前橋南高校の校長に呼び出された。「星野先生さ、SAHになるよ。うちの学校」という言葉に星野は当惑した。「SAHって何?」
中央中等教育学校時代にはスーパーイングリッシュランゲージハイスクール(SELHi)やスーパーグローバルハイスクール(SGH)、桐高ではスーパーサイエンスハイスクール(SSH)など、数々の「Sのつく事業」に関わってきた。だが、星野には一抹の懸念があった。
「そういう事業って素晴らしいけれど、どうしても学校や教員が主語になってしまいがち。教員がすごく研究して、頑張って生徒にやらせる構図になってしまうんですね。だから、またか……という思いも正直ありました」
だが、校長の言葉がその印象を覆す。「SAHの主語はStudentだ」と。生徒が主体となって課題に取り組み、権限も生徒に委譲。教員はその支援に徹する――生徒の主体性育成が真の狙いだった。
■中央中等時代の経験を生かして試行錯誤
とはいえ、生徒の主体性をどう育てるかは未知の挑戦だった。生徒がどうやったら自発的にいろんなものを生み出していくのか。過去の経験をたぐり寄せたとき、たどり着いたのは中央中等時代のイマージョンプログラムだった。
同校の英語の授業はオールイングリッシュで、在籍する外国人4人の教員とALTが音楽やフランス語などを英語で教えるという場面もあった。とにかく英語のシャワーを浴びせ続ける。
「フランス語はチンプンカンプンだけど、英語で説明すると生徒が分かったって言うんですよ」と星野は驚いたそうだ。そして、海外に住んでいるような環境をつくり毎日英語のシャワーを浴びせて芽が出るのを待つというプロセスが大切だということを実感した。
【画像】前橋南高校で発行された「SAHジャーナル」の創刊号(同校ホームページより)
同じような仕組みをSAHで作れないか。そこで、SAHとは何か、非認知能力とは何かという外枠の部分を「SAHジャーナル」として毎週発行を続けることを決めた。
「月1回とか行事ごとだと浸透しないから、毎週発行することにしたんです。まさにシャワーですね。他の先生方を多忙にせずにまずは自分が頑張ればいい」と腹をくくった。
■SAHで変わった前南生
発行して1ヶ月。さっそく芽が生えた。ちょうど夏の甲子園県予選でのこと。当初、応援は生徒会と吹奏楽部しか行けないことになっていたが、「硬式野球部があんなに頑張っているのにもっとみんなで応援に行きたい」と生徒会が声を挙げた。「野球部応援活動」では校長、教頭、事務長と交渉が重ねられ、「借り上げバスの手配」「帽子の手配」「応援練習の時間確保の問題」など一つ一つを生徒の手でクリアしていった。
こうした取り組みをメディアも取材。外側から学校の記事が掲載されると生徒も「じゃあ今度はこんな企画を提案してみよう」とどんどん積極的になる。それをSAHジャーナルで保護者や教職員にも発信することで、取り組みへの理解が広がっていく好循環が生み出された。
「赴任した当時は、生徒の主体性を育てるってどうやるのかなっていう感じ。どんな芽が出るか、どんな花が咲くのか分からないけれど、見切り発車でもいいから、とりあえずシャワーを浴びせようということになり、それを続けた結果ですね」と星野は述懐する。
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■生徒主体の修学旅行
昨年度の2年生(現3年生)は、修学旅行の詳細な企画やルールづくりを自ら担った。
その一つが「旅行中の服装・頭髪」ルールの策定。制服でも私服でも「可」としつつ、私服の場合は「平和祈念公園のような厳かな場所にふさわしい服装であること」など、配慮のあるガイドラインを生徒自らが設けた。
「生徒たちがクラスで話し合い、代表が集まって案をまとめた。もしこれを教員が決めて押しつけていたら、きっと『なぜ黒と白しかダメなんですか?』と反発が出ていたでしょう。でも、自分たちで決めたから納得感がある。保護者説明会では、生徒が制作した動画でプレゼンしたんです。お母さん、お父さん、みんな感動していました」と星野は振り返る。
当初の旅行計画に「USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)」の訪問は含まれていなかった。だが、生徒たちが話し合いを重ねた結果、「やっぱり行きたい」と全クラスの意見が一致した。
ただし、条件の壁があった。日程の都合上、朝から夜までの一日フルでの滞在はできず、午後からの半日訪問が最大。チケット代は1日分になるため、「コスパが悪い」という意見が上がれば取りやめになる可能性もあった。
だが、それでも行きたいという声が強かった。「高校生活のこの仲間と行くからこそ意味がある、と。USJはディズニーランドに比べて家族旅行で行く機会が少ない。部活もあるから、今しかない、と生徒が判断したんです」
通常はクラスごとにレストランやホテルで夕食を取るケースが多いが、それをすべてカット。夕食代を浮かせ、「それぞれ買ってから集合」「食べて集合」というスタイルにした。そのぶんUSJ滞在を長くなった。費用のバランスを自分たちで調整し、保護者からの不満も起きなかった。
この修学旅行のエピソードは、生徒への「信頼」と「任せる力」がいかに大きな学びを生むかを示す象徴的な事例だ。生徒の発想力、責任感、仲間との対話を通じてつくられた修学旅行となった。【つづく】
(編集部)
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